【翻訳道楽】解説 H・C・ベイリー集[#002~#006]
同封明細の裏に書き散らしてきた、いいかげんな解説(というか感想文?)のバックナンバーを順次を転載いくことにしたのですが、実は初回配本のスタウトとベイリーだけは解説がついてなかったのです。
だもんで、ベイリーについては10年ほど前にツイッターで超連投したときの記録を採録します。ベイリーについてはほぼここで語り尽くした感があるんで、よろしければご一読を。(Re-ClaM eX vol2 掲載の三門さんの論考もめっちゃ面白いですよ)
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Y's Mysterious Coment
(「米丸氏のベイリー講義」というタイトルで keymwa さんが togetter にまとめを作成してくれました>コチラ下記はそこからの再録です。
米丸(宮澤洋司) @YONEMARU_HD
今日こそはHCベイリーの話をします。僕ってば、どんだけベイリーが好きなんかよっ! てな話
そもそも「翻訳道楽」を始めたのは、「もっとベイリーを日本語で読めるようにしなきゃいかん!」と思ったのがきっかけでした(これホント)
だから、正式開始前にごく一部の一人にお配りしたパイロット版の「翻訳道楽」はベイリーの「家具付きコテージ(The Furnished Cottage)」だったのであります
ベイリーって、「巨匠」の一人とみなされていたらしいってことはよく聞かされますが、皆さんピンとこないですよね? そもそも昔は翻訳がほとんどなかった。かつてのバークリーやセイヤーズよりも冷遇されてました
創元さんから「フォーチュン氏の事件簿」が出るまでは、アンソロジーや雑誌にバラバラに訳された短編を集めても、5、6篇くらいしかなかったんですからねぇ……
だもんで、この僕自身創元文庫の「フォーチュン氏の事件簿」が出たときには、「へ? フォーチュン氏って誰?」と思ったという(汗
クリスティの「おしどり探偵」でもフォーチュン氏のパロディをやってるんだけど、これを呼んだ日本人のほぼ99%は、「へ? フォーチュン氏って誰?」って思ったと思いますね
ま、ともあれ、僕が高校生くらいの頃、満を持して「フォーチュン氏の事件簿」が出た。ホームズのライバルシリーズは大好きだったので、さっそく買ってきて読みましたよ。で、その感想はというと………「ふーーん」という感じ(汗
「ふーーん」ってなんだよ、その気のない感想はっ! って今の僕なら怒りそうなんですが、当時の正直な感想は「可もなく不可もなし」だったんですよね。「ま、こんなもんかなぁーー」とか思ったわけです。で、しばらく時間がたつ……
あの乱歩編の「世界短編傑作集5」に収録されている「黄色いなめくじ」を初めて読んだのは小学生くらいだったんで、その時には面白いと思わなかったのはしょうがない。でも20歳を過ぎてから読んだら面白い。つうか、「これは傑作じゃん!」と思いました。
で、「ベイリー面白いかも」と思い、ミステリマガジンに掲載されてた「ギリシア悲劇」。これも面白かった。で「フォーチュン氏の事件簿」を読み返した。今度は面白い。ホントに、収録されている7本全部いいけど、中でも「小さな家」「ゾディアックス」「小指」「聖なる泉」はとっても肌にあった
アンソロジーや雑誌のバックナンバーをひっくり返して、ベイリー短編をまとめ読みしました。みんな例外なく面白く感じた。ただ、ここで大きな壁。さっきも書きましたが、ベイリー短編って「フォーチュン氏の事件簿」を別にすると5、6篇くらしか翻訳されなかったんですもの(泣
原書で読めばいいじゃん、というのは正論なんだけどぉ……そのころの僕には原書の壁は厚かった(読解力的に)。それに、もっと重要なことには、ベイリーの本って、原書でもほぼ入手不可でしたね、当時は
だから、「どうせ、翻訳されてないのは凡作ばっかりなのさっ」と納得して、あきらめてたわけですな。そうしてかれこれ20年くらいすぎるわけだ。
大きく状況が変わったのはインターネットのおかげです。原書、特に古書の入手が馬鹿みたいに簡単になった。一方、20年の間にEQMMの本国版なども主に神田の古書店などで(ええ、今は無きあの店ですよ)などで買い集めておりまして、ちまちまと読解力は身に付いていた
ネットの古書検索(僕は主にABEと紀伊国屋BOOKWEB)を併用してます)を利用したら、ベイリーのフォーチュン氏ものの短編集12冊が、がっかりするほどあっさりとそろってしまった(ま、値段はそこそこですけど)
で、クイーンが「クイーンの定員」に「フォーチュン氏を呼べ」を選んだとき付記的に「ベイリーは後になるほど良くなっていって「Mr. Fortune Objects」がベスト」みたいなことを言ってますよね。
で、最初に読んだのが「Mr. Fortune Objects」。「黄色いナメクジ」入ってますからね。それに「小指」「豪華な晩餐」ですから。密度は濃いです。でとっても満足して、次々と読破。そしてあれにぶつかるのですよ。あれ……
「Mr. Fortune's Trials」に収録の「The Furnished Cottage」です。これ、すんごいショックだったんです。もう、面白くってね。読み終わったあと「うわぁ、うわぁ」とかホントに声に出していたんじゃないかな(汗
「The Furnished Cottage」の翻訳がパイロット版に使った「家具付きコテージ」のわけです
思うに、「家具付きコテージ」にやられたのは、それがとっても僕の肌にあったからだと思います。全ての人にこの作品がヒットするわけではないように思う。
でも、僕にとっては「家具付きコテージ」が大ヒットでして、このときに間違いなく僕の中に「ベイリー回路」が出来たんだと思うのです。 ん、「ベイリー回路」ってなんだ??………
アル中みたいな依存症っていうのは、強烈な快感を得る体験をすると同類の快感に過剰に感じてしまう快感回路ができるから……てなことをどっかで読みました(いいかげんな知識でごめんなさい)
ベイリーの作品に感じてしまう回路、それが「ベイリー回路」のわけですね。この「ベイリー回路」ができるきっかけになる作品は人それぞれで違うのだと思います。
でも、一度「ベイリー回路」が出来てしまうと、ベイリーの作品はどれも面白く感じられるようになってしまう。いや、ホント。今の僕にはベイリー作品は最低でも佳作、5割以上が傑作なんですよ(マジ)
実はかつて、イギリスでベイリーが巨匠扱いされていたのは、その当時のイギリスの読者の多くがこの「ベイリー回路」を備えていたってことなんじゃないかと思います。そう考える上で、キーになるのが、あれですよ。ベイリーの代表作としてつとに有名な(いや日本ではそうでもないか)あれ……
あれ、すなわちあの有名作品「知られざる殺人者(The Unknown Murderer)」です。これ第二短編集「Mr. Fortune's Practice」に収録ですから、かなり初期の作品なんです。これがね、問題なんだ、実は……
「知られざる殺人者(The Unknown Murderer)」は「フォーチュン氏の事件簿」に入ってるんで、読んでおられる方も多いと思うんですけど、いかがです? 代表作って言われて納得しますか?
実は「ベイリー回路」が出来る前の僕は、「知られざる殺人者」が代表作ってのには納得がいかなかったんです。ところが「回路」のある今読むと、この作品の良さがよくわかる。ディテールがキラキラ輝いているように見える。
ネタバレにならないように書くのは難しいんですが「知られざる殺人者」って要するに××××者ものなんです。で、この作品が発表されたころのイギリスの読者にとっては、相当なインパクトがあったんではないかな、と思うのです。それこそ多くの読者に「ベイリー回路」を刻み込んでしまうくらいに
「ベイリー回路」を備えている僕には「知られざる殺人者(The Unknown Murderer)」はすごい作品に感じられる。代表作? もちろんですよ。ベイリーの代表作ってだけじゃない。ミステリの歴史全体の中でも重要作品の一つじゃないですか、これは
たとえば、あのとっても面白い霜月さんの「アガサ・クリスティー攻略作戦」の「カーテン」の回で「知られざる殺人者」への言及がないことに僕はひどくもどかしい思いを感じてしまう。これはそういう作品なんですよ
でも、今のように××××キラーものなんて珍しくも何ともない時代の読者が「知られざる殺人者」を読んでも、昔のぼくみたいに「ふーーん、それで?」って感じるだけだと思います。もったいないぞーーー
そこで、もっとみなさんに「ベイリー回路」を身につけてもらいたい。そのきっかけになりうる作品はいろいろあるんですよ。ベイリーって、実は結構様々なパターンの作品を書いているので、誰でも、きっと一つくらい大ヒットがあるんじゃなかろうか
「翻訳道楽」のベイリー5篇も、そういう観点でセレクトした、バラエティに富んだ傑作選(のつもり)です。
さて、ベイリーの魅力はどんなところにあるのか、僕はベイリーのどんなところを喜んで読んでいるのか、って話もしておきます
前に「翻訳ミステリ大賞シンジケート」で書かせていただいたときにも言ってるんですけれど、ベイリーってのは「人間はどれだけ酷い事ができるのか」ってことをずうっと書き続けた人なんですよね
また「アガサ・クリスティー攻略作戦」なんですが、クリスティの重要テーマ「Evil」は、ベイリーの影響抜きでは語れないと思う。っていうか、ベイリーはイギリスミステリにおける「Evl」というテーマに形をあたえていった最重要人物の一人だ
「Evil」には様々な現れ方がある。たとえば「知られざる殺人者」はまさに「Evil」の権化のような人物だ。「ゾディアックス」では、金銭的利益のために誰かを犠牲にできる、というよりも犠牲になる人間が存在することをいとも簡単に無視してしまうことができる、という「Evil」が語られる
「黄色いナメクジ」もすごい。これは家庭の中の問題を扱っていて、狂信的な信念に凝り固まった親は、子どもにどれほどのことを押しつけることができてしまうのか、っていう話。
「小さな家」もすごいぞ。過去の恨みの憂さ晴らしのために××を×××××にしてしまうって話。これ、はっきりいって心臓がばくばくいっちゃうくらいむごい話です
「聖なる泉」は「××××っ子」の話なんだけれど、これ、親の愛のはずだったのに、どこで捻れてしまったのか……ってな話で、どこかで間違ってしまった愛は「Evil」にもなり得るって話なんですよね
「豪華な晩餐」は××の名の下に非道な行いが行われている、っていうやつの典型
『家具付きコテージ』(翻訳道楽002)は、フォーチュン氏が、過去に解決した事件の関係者につけねらわれるという話で、先の読めない展開をするんですが、最後の最後に、過去に封印されていた手紙の込められたむきつけの悪意には慄然とさせられます
『隠者蟹』(翻訳道楽003)も、展開が読めない話で、いやなおばさんをやっつけろ!ってな感じの、殺人も起きない明るく楽しい話なんですが、このおばさんがね、実に卑しい。やられ役が見事に卑しいんで、実に気持ちよく読めるという……ベイリーらしーーい傑作ですねぇ(汗
『ライオン・パーティ』(翻訳道楽004)も殺人抜き、宝石泥棒を扱った息抜き篇なのですが、パーティに呼ばれた人物たちがどいつもこいつも一癖ある俗物だらけ。まさに俗物図鑑。で、ここにも実に卑しい人物が出てきます。いやらし~~~い奴なんだけど、フォーチュン氏のおかげで報いを受けます
『おとなしい女』(翻訳道楽005)では、巻頭「人はなぜ犯罪を犯すのだろう?」と問われたフォーチュン氏が「うぬぼれですね…虚しい虚栄心…人の命を左右できる力を証明したい。そのためにはどんなことでもする…」てなことを答える。これが見事に事件の真相に呼応してくるのです。うまい!
これが『壊れたヒキガエル』(翻訳道楽006)では、フォーチュン氏の「献身……自己犠牲……人を惑わせる危険な美徳だよ。そのせいで最悪の恐怖が引き起こされる……」てな発言があり、この高踏的な(けっこうイヤミな)発言が滑らない結末を迎えるわけだ
今の読者は第一短編集「フォーチュン氏を呼べ」が日本語で読めるから、すごく恵まれていると思います。でも実は「フォーチュン氏を呼べ」を最初に読んで欲しくはないかな(汗。
第一短編集「フォーチュン氏を呼べ」は、「ベイリー回路」が出来てからなら、どれもとっても面白くよめるんだけれど、まだ「回路」の無い人に「回路」を刻みつけるような傑作は無いような気がする……
それでも「フォーチュン氏を呼べ」収録の「気立てのいい娘」「ホッテントット・ヴィーナス」あたりはかなりいい。これがヒットする人もいるかも。「几帳面な殺人」は「回路」が出来てからの方がいいと思う。
ついでに言うと、デビュー作の「大公殿下の紅茶」は、ある程度ベイリーに慣れてから読むと、「最初からこれかよっ」ってちょっと感心する、っていうかちょっとあきれますねw
「探偵小説の世紀 下」に収録の「青年医師」もすごくいいです。冤罪ものなんですが、冤罪を受ける人物の人間不信のコミュニケーション拒否っぷりがうまく書けていて、とっても痛い
ミステリマガジン85年7月号の「ギリシア悲劇」も。女学校でね、優秀なんだけど孤立してる娘でね、頑張ってるんだけど、これが可哀想でね……って、もうそれだけでやられる人はやられちゃうでしょうw
で、短編で「ベイリー回路」をしっかりと身につけたら、長編「死者の靴」に手を出しましょう。フォーチュン氏ものではないけれど、しっかりベイリーですから
「ベイリー回路」が身に付いたら、是非「知られざる殺人者」をもう一度読んでくださいね。怒りに震えて立ちつくすフォーチュン氏を「かっこいい!」と思えたら、あなたも立派なフォーチュン者です!
さて、てなわけで、ベイリーに興味を持たれた方は、こちらもよろしくってことで!(結局宣伝かよ!!) >>「翻訳道楽」 注文方法はコチラ
以上、ベイリーについて語りました。本日はこれまで、席を外します
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